必修単位その②−4: PHTY543: Orthopaedic Manipulative Therapy, Neuromobilisation/NDT
前回までの整形徒手理学療法の単位についてはマニピュレーション(HVLT)及びモビライゼーションについて紹介してきました。
ある患者を仮定してみましょう。
参考文献
David S. Butler(2000)バトラー・神経系モビライゼーションー触診と治療手技ー
(伊藤直榮監訳) 協同医師出版社
斎藤昭彦(2009)神経系に対するモビライゼーション『理学療法学』第36巻第8号pp.461–471
今回は神経モビライゼーション(Neuromobilisation)についてです。
神経モビライゼーションはその名の通り神経を動かして治療効果を得ようとするテクニックのことでNDT(Neuro Dynamic Techinique)とも言われます。ニュージーランド及びオーストラリアでは非常に一般的な手技の一つであり、理学療法評価項目の一つとしてROM、MMTなどとともに評価用紙に記載されています。
前回までは関節モビライゼーションについて記載しましたが、モビライゼーションには
①関節モビライゼーション
②神経モビライゼーション
③軟部組織モビライゼーション
などがあります。主には組織の伸張性を改善するために目標とする組織に操作を加え、その伸張性を改善するための手技です。軟部組織のモビライゼーションには言わずと知れたストレッチやマッサージなどが含まれます。筋や筋膜、皮膚、皮下組織の柔軟性を高めるために行う代表的な介入手段であり日本の理学療法士にも馴染みの深いものであると思います。
しかしながら神経モビライゼーションについては関節モビライゼーションや軟部組織モビライゼーションほどの知名度は日本においては無いようです。私は現在帰国しあるクリニックに勤務していますが、周囲のセラピストを見回しても神経モビライゼーションについての知見を持っている人は皆無でした。日本の理学療法の創世記において伝統的な理学療法が日本に紹介された時点ではあまり一般的な手技ではなかったのかもしれません。
さて、神経モビライゼーションの理論で最も有名な研究者といえばデイビッドバトラー氏と思われます。氏は南オーストラリア大学に所属する理学療法士であり、神経モビライゼーションの第一人者です。その著書に、
バトラー・神経モビライゼーション ー触診と治療手技ー
David S. Butler 著 伊藤直榮監訳 (2000) 協同医書出版社
があります。日本語に訳されており非常に勉強になるので留学を考えている方はあらかじめ読んでおくと神経モビライゼーションのコンセプトが理解できると思います。
神経系モビライゼーションの対象となる組織は
⒈神経系組織 (神経伝導に関与する神経線維とそれらの結合組織)、
⒉インタフェース(神経周囲にある筋,腱,骨などの筋骨格系組織)、
⒊支配される組織(皮膚、筋、骨、筋膜)
です。
です。
神経系のー部を構成する結合組織には
⒈末梢神経系では神経内膜、神経周膜、神経外膜
⒉中枢神経系で は硬膜、クモ膜、軟膜
がありこれら全てが侵害受容性疼痛の原因となり、筋力低下や感覚障害などの神経伝導障害による神経症状の原因となります。また、神経系の結合組織の昨日低下に伴う可動性の低下(例:腰部椎間板ヘルニアによる挙上可能なSLR角度の低下)が認められることがあります。
これらの組織に由来する症状に対して関節モビライゼーションや軟部組織モビライゼーションではインターフェイスと結合組織にはアプローチできるかもしれないですが、神経系組織に対しては難しいと考えられます。ここで神経モビライゼーションが治療介入手段として考慮されます。では実際にどのように使用するのでしょうか。
まずは評価です。オタゴ大学では問診にとにかく時間をかけるように指導しています。患者の主観的な訴えや症状、ADL能力の低下についてどんな些細な(患者にとってはそう思われるかもしれないが、障害と直接の関係があるかもしれない。)情報も聞き漏らさないように質問を行います。
ある患者を仮定してみましょう。
例えば、手掌に痺れがあり指内外転とMP屈曲の筋力が低下している患者があなたの担当患者になったとします。DTRやMMT、感覚機能検査を行い障害高位診断を行うのが神経内科的には一般的であると思われます。この患者の場合、鑑別しなければならないのは手掌の症状が正中神経由来なのか、頸部神経根由来のデルマトームに沿った症状なのかを判断することです。C6、7の症状を疑うのであれば上腕二頭筋と上腕三頭筋のDTRをとれば反射は低下するはずです。ですがこの患者はDTRは左右差がありませんでした。次に感覚を見ます。感覚障害はデルマトームに一致しておらず、痛覚は手掌全体でやや低下し痺れがあるとします。臨床所見からは手根管症候群のように思われます。母指球筋の萎縮や整形外科的テストであるPhalen test, Tinel signが出るかもしれません。
神経内科医であればさらに神経伝導検査を行うことができますが我々理学療法士にはそれは難しいでしょう。そこで神経モビライゼーションの知識が活かせると思います。
バトラー氏の考案したテンショナー手技を用いると、障害がどの位置で起こっているのかを推測できるようになります。この患者の場合正中神経領域に問題があると仮定し、ULTT1を試行します。ULTT1ではステージ1から2ではこの患者は特に反応しません。しかしステージ3で症状の増悪を認め、ステージ4、5では若干の変化しかなくステージ6でさらに症状が悪化しました。この結果から手関節の背屈により症状が誘発できるが他の上肢の関節運動による影響は比較的軽く、頚部の反対方向への側屈による正中神経のさらなる伸長が手根幹部の症状を悪化させたのではないかと判断することができるかと思います。
診断が確定すれば治療です。治療にはスライダー手技を行うのが最近の知見では推奨されているようです。スライダー手技では目標とする障害高位において対象とする神経の末梢側と中枢側の関節運動を同時に行い、神経が組織間を文字通りスライドすることにより症状の改善を図るというものです。この患者の場合手根管部の病変が最も疑われることから、操作する関節は手指と手関節から始めるのが良いのではないでしょうか。
手順は、
①MPを全指伸展すると同時に手関節を掌屈
②MPを全指屈曲すると同時に手関節を背屈させる。
そして①と②を繰り返すだけです。患者の理解が得られなければ自動介助運動から始めるのが良いでしょう。この方法では①で手指を伸展することで末梢側の正中神経には伸長が加わり、手関節を掌屈することで中枢側の正中神経を弛緩させます。そして②で手指を屈曲すると末梢側の正中神経は弛緩し、手関節を背屈することで中枢側の正中神経は伸長されます。つまり①で正中神経は末梢側にスライドし、②で中枢側にスライドするということです。さらに長い距離のスライドを行いたければ頚部の側屈を追加しても良いでしょう。
バトラー氏の著書には原理原則を理解していれば関節の操作は無限にあるはずで、その患者の病態を把握し治療するために手技を修正することができると述べられています。ですので、上肢テンショナーであるULTT1、2a、2b、3と下肢テンショナーであるスランプテストやSLRとそのバリエーションを用いた評価を熟知し、その都度その患者に応じたスライダーをセラピストが処方できれば神経系への徒手的なアプローチが可能になると思われます。
HVLTやモビライゼーションと比較すると手技的には簡単なのですが、その運用には解剖学、運動学、生理学の基礎的な知識が非常に重要です。日本でも多くの臨床家がその発展に尽力されています。以下の文献は理解しやすいと思います。ぜひチェックしてみてください。オタゴ大学では整形徒手理学療法の単位の中で詳しく学ぶことができます。世界中で臨床に使用されているテクニックですので英語に自信のある方は英語論文をぜひご覧ください。
参考文献
David S. Butler(2000)バトラー・神経系モビライゼーションー触診と治療手技ー
(伊藤直榮監訳) 協同医師出版社
斎藤昭彦(2009)神経系に対するモビライゼーション『理学療法学』第36巻第8号pp.461–471
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